水谷隼とは【プロフィール・世界ランキング・使用用具・特徴】

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実は、以前まで男子卓球がメディアに出る事はありませんでした。ですが、近年卓球がメディアに出る機会が増えてきました。特に以前から注目されていた女子だけではなく、男子卓球も多く注目され特集が組まれるようになっています。

すごい、と男子卓球が注目されるきっかけを作ったのが水谷隼選手です。彼は卓球がもっともっと注目されるようにとずっと尽力してきた卓球界には欠かせない人物です。この記事では、そんな水谷隼選手とはどんな人物か、他にプロフィールや世界ランキング、使用用具やプレーの特徴を紹介しています。

Contents

水谷隼とは

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今や卓球は女子だけではなく、男子もフォーカスされるようになってきました。その要因は男子卓球のレベルが上がり、五輪でもメダルの期待がされるようになったからですが、その一番の功労者が水谷隼選手です。

水谷隼選手とはどのような選手なのかピックアップして紹介していきます。

  • 男子卓球の歴史を塗り替えた!リオ五輪メダリスト
  • 中学生でドイツ留学!卓球で勝つために全てを捧げた男
  • 前人未到!全日本選手権13年連続で決勝進出!

男子卓球の歴史を塗り替えた!リオ五輪メダリスト

そうです、水谷隼選手と言えばリオ五輪のメダリストです。シングルス銅メダル、団体銀メダルと素晴らしい結果を残しました。

更にこのリオ五輪団体決勝では、今まで一度も勝った事のない許昕選手(中国)に勝ち日本国民を大いに沸かせました。

これだけは忘れないで欲しいですが、水谷隼選手は選手としての活躍だけではなく、リオ五輪が終わった後はメディアに沢山参加し卓球の普及活動も積極的に行ってきました。正に卓球界に無くてはならない存在だと言える選手です。

中学生でドイツ留学!卓球で勝つために全てを捧げた男

当時、日本の卓球界では、各国に負け続ける現状を打開するために若者を海外に留学させる方針が決まりました。その時の留学生の一人が水谷隼選手で岸川聖也選手と共に中学生の時にドイツへ卓球留学しました

一言だけ付け加えると、ドイツに集まり凌ぎを削り合う選手達からすると中学生だった水谷隼選手はとても弱く練習では余ってしまう事も多かったそうです。そんな中磨いたサーブは今でも最高の武器として放っています。

ドイツ留学していた事で卓球漬けであった水谷隼選手は当然友達と遊んだり学校行事に参加する事はありませんでした。卓球で勝つために全てを捧げたと言っても過言ではない、それが水谷隼選手です。

前人未到!全日本選手権13年連続で決勝進出!

信じられないですが、水谷隼選手は全日本選手権一般シングルスを高校2年生で初めて決勝進出をしてから13年連続で決勝進出を果たしました。その内、10回は優勝しており、この記録は恐らく破られる事はない記録でしょう。

天才、と呼び声の高い張本智和選手ですら、連続で決勝進出する事はできていないので、水谷隼選手の連続決勝進出記録が如何に凄い事か分かるでしょう。

また、ダブルスでも10年回決勝進出し、7回優勝ととにかく全日本選手権で水谷隼選手は負けないという事が分かります。

ここだけの話ですが、水谷隼選手がここまで全日本選手権で勝ち続ける要因は練習を休まない事らしいです。全日本選手権は一月に行われるので正月も休まず練習に励んでいるそうです。絶対に負けたくないという気持ちが強く出ています。

水谷隼 プロフィール

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日本卓球界の歴史を塗り替えた水谷隼選手のプロフィールを紹介しています。エピソードや公式情報、世界ランキング、成績、使用用具を紹介しています。

プロフィール

所属木下マイスター東京
戦型左シェーク裏裏ドライブ型
身長172cm
体重63kg
生年月日1989年6月9日
段位7段

エピソード

日本をどん底からトップまで押し上げた功労者水谷隼がどのようにして育ってきたのかエピソードを紹介していきます。

  • 幼少期は何でもできたスーパー小学生!中学生になると将来を期待されドイツへ留学!
  • 海外経験での経験が生きて一気に才能が開花!全日本選手権で優勝し一躍日本のエースに
  • 五輪を経験し大きく成長するも大学生最後の全日本選手権で高校生吉村真晴に敗北
  • 挫折し絶望!卓球を辞めるかもしれない程苦しくて苦しい現実
  • 新しい環境、新しいコーチ、新しいパートナーと共に復活!リオ五輪では集大成となる活躍
  • 世代交代、怪我や病気に悩まされるも東京五輪代表権獲得!

幼少期は何でもできたスーパー小学生!中学生になると将来を期待されドイツへ留学!

卓球界の至宝、水谷隼は静岡県繁田市にて生まれました。東京五輪で混合ダブルスペアの伊藤美誠選手も同じ出身です。

水谷隼選手の幼い頃は、サッカー、バスケットボール、バレーボールなどどのスポーツも満遍なくできたそうで、父が代表を務める豊田町卓球スポーツ少年団にて5歳から卓球を始めました。

元々右利きでしたか、卓球に有利な左利きに矯正し練習に励みました。1年生にして全日本選手権バンビ(小学1.2年生)の部で準優勝すると勢いそのまま翌年以降はバンビ、カブ、ホープスなど各カテゴリで優勝していきます。

実力を認められた水谷隼選手は福原愛選手も在籍していた青森山田高校に進学し、更に力を伸ばしていきます。中学生になる頃には同年代には敵なしで中学2年生の時には全日本選手権ジュニア(高校生以下)の部で最年少優勝し、一般でもランク入りを果たしました。

水谷隼選手は将来を期待され中学3年生時には岸川聖也選手と共にドイツへ留学する事になります。

海外経験での経験が生きて一気に才能が開花!全日本選手権で優勝し一躍日本のエースに

水谷隼選手はそのまま青森山田高校へ進学する事になります。海外での経験も積み水谷隼選手は更に一段とレベルアップしていく事になります。

高校1年生時には全日本選手権一般シングルスで史上最年少ベスト8に入り、実力が認められ世界選手権に最年少出場する事になります。更に凄いのは初めての世界選手権で当時世界ランキング8位の荘智淵選手(台湾)に勝利しました。

信じられないですが、その後のアジア選手権でもアテネ五輪銀メダリストの王晧選手に勝ち才能を大きく開花させました。

その後に行われた全日本選手権は高校2年生にして最年少優勝(張本智和選手が更新)を果たしました。驚く事に翌年の全日本選手権も連覇し日本のエースとして北京五輪の代表権も獲得します。

五輪を経験し大きく成長するも大学生最後の全日本選手権で高校生吉村真晴に敗北

日本チャンピオン、水谷隼選手は明治大学に進学します。そして彼がエースとして出場した、世界選手権広州大会では前回のブレーメン大会の14位から大きくレベルアップし銅メダルを獲得し、万全の状態で北京五輪に挑む事になります。

しかし、北京五輪では、団体ベスト8シングルスベスト32と思うような結果は残す事ができませんでした。ですが、水谷隼選手は五輪での経験をバネに実力を大きく上げていきます。

世界選手権横浜大会では、岸川聖也選手とのダブルスで銅メダルを獲得し、シングルスもベスト16に入賞しました。その後のワールドツアーでもダブルスの優勝を果たし実績を積んでいきました。

また、更なる実力アップを求めて中国の超級リーグにも参戦し後に世界チャンピオンになる張継科選手(中国)にも勝利を挙げています。

翌年、松平健太選手と岸川聖也選手と共に出場したアジア選手権の団体戦では、馬龍選手、張継科選手、許听選手といった中国のトップ選手達のチームに対し、団体2-1で迎えた水谷隼選手対許听選手が最終ゲーム10-7まで追い詰め、日本が中国に勝利するのも遠くないと示しました。

大学2年生の終わりになる頃には世界ランキングTOP10に入り、全日本選手権も初優勝から4連覇を果たしました。最早、水谷隼選手は日本の不動のエースとして日本中の期待を背負う選手となりました。

期待を背負った水谷隼選手は更に強くなり、大学3年生時には、更に経験を積み全日本選手権5連覇し、中国超級リーグに再び参加し元世界チャンピオンの王励勤選手(中国)にも勝利し中国選手に対しても対等に戦える事を示していくのでした。

世界選手権ロッテルダム大会でもベスト8に入り順風満帆に見えた水谷隼選手ですが、大学最後の年に陰を落とす事になります。その年の全日本選手権も圧倒的な強さで決勝まで勝ち上がりましたが、絶好調だった当時高校3年生の吉村真晴選手に逆転負けを喫します。

絶対に負けたくない全日本選手権で歳下選手に負けてしまった心情を計り知れません。敗北した時の項垂れ様は卓球ファンであれば誰もが頭に残っているはずです。

挫折し絶望!卓球を辞めるかもしれない程苦しくて苦しい現実

社会人になり水谷隼選手はスヴェンソンに所属します。しかし、全日本選手権での敗戦からか以前までの勢いが少しばかり失速気味になります。

全日本選手権直後に行われた世界選手権ドルトムント大会の団体戦では準決勝までシングルス全勝するも前回の世界選手権で勝利していたドイツのオフチャロフ選手、ボル選手に敗戦を喫しました。

更に世界ランキング5位(中国選手を除いた選手の中ではトップ)で迎えたロンドン五輪では、シングルス第3シードで出場するも直前の試合で勝利していたメイス選手(デンマーク)に4回戦でストレート負けを喫しました。

当時は、プレッシャーから不眠症になっており飲酒して無理矢理寝ようとしていたそうです。それ程水谷隼選手は重圧を感じていてのです。

絶望感に苛まれた水谷隼選手は苦しい、苦しい状態から自暴自棄にもなり、世界の選手の多くが違法にも関わらず利用している「補助剤」問題を提起し国際大会をボイコットします。

しかし、問題は解決に至らず半年経った頃に水谷隼選手は諦めてボイコットを取り消します。所属もビーコンラボに代わり、その間に行われた全日本選手権では決勝で丹羽孝希選手に破れ2年連続で敗戦を喫す事になりました。

その後に行われた世界選手権パリ大会もシングルスは初戦負けし、この頃は水谷隼選手にとって本当に辛くて辛い時期だったそうで卓球を辞める事も考えたそうです。ですが、日本の至宝水谷隼はこれでは終わりませんでした。

新しい環境、新しいコーチ、新しいパートナーと共に復活!リオ五輪では集大成となる活躍

世界選手権パリ大会が終わるとロシアリーグにも参戦し、邱建新コーチを専属にします。また、高校生時代からの付き合いである女性と結婚し再起を図ります。

翌年の全日本選手権では、2年ぶりにシングルス優勝を果たし直後に行われた世界選手権東京大会でもロンドン五輪銅メダリストのオフチャロフ選手(ドイツ)に勝利し完全復活を遂げました。

再起した水谷隼選手はただの復活に止まらず以前より更に成長を見せます。2015年の全日本選手権ではシングルスを連覇し世界選手権蘇州大会では2度目のベスト8に入ります。

更に、ロシアのリーグで所属するUMMCでは全勝優勝を果たすなど以前にも増して更に強くなりました。

そして、リオ五輪の年である2016年には全日本選手権シングルスを圧倒的な強さで優勝し、直後に行われた世界選手権クアラルンプールでエースとして39年ぶりの団体銀メダルに貢献しました。

そして、磐石の形で迎えたリオ五輪で、水谷隼選手の活躍に日本の卓球ファンは多く感動させられました。結果は、一般シングルス銅メダル、団体銀メダルです。

長い長い時をかけてやっと報われた瞬間でした。団体は、殆ど敗戦し1勝しかしていないボル選手(ドイツ)と今まで全敗だった許听選手(中国)に勝利し全勝で終えました。正に卓球に全てを捧げた男の集大成です。

すごい偉業に、今まで、見向きもされなかった男子卓球がフォーカスされた瞬間でした。水谷隼選手は正に男子卓球界の歴史を変えた功労者と言えるでしょう。

世代交代、怪我や病気に悩まされるも東京五輪代表権獲得!

水谷隼選手の集大成、リオ五輪が終わるとすぐに世代交代の波が訪れます。そうです、張本智和選手の台頭です。

リオ五輪から翌年の全日本選手権では所属も木下グループに変わり、水谷隼選手が二度目の4連覇を達成するも直後に行われた世界選手権デュッセルドルフ大会では当時中学1年生の張本智和選手に直接対決で敗戦を喫します。

更には一度のみならず、翌年に行われた全日本選手権でも張本智和選手に決勝で敗戦し、当時中学2年生だった張本智和選手の最年少優勝を許します。

このニュースに、日本、そして世界が新しい世代に注目を始めます。丁度この頃から腰の怪我や目の病気でボールが上手く見えないという事態にも陥り段々と以前より勝てなくなっていきます。

そんな中でも新しく開催された国内のプロリーグでるTリーグでは木下マイスター東京としてチームを優勝に導きMVPを獲得しますが、結局怪我や病気が響き東京五輪のシングルスの枠は丹羽孝希選手に渡ってしまいました。

しかし、東京五輪の団体と伊藤美誠選手とのペアである混合ダブルスの出場は決まっているので最後の五輪として迎える本戦では力を発揮してくれるでしょう。

SNS及び公式サイト

Twitter

公式サイト

水谷隼オフィシャルサイト

世界ランキング・成績

世界ランキング

世界ランキング18位(2021年4月8日時点)

成績

2004年全日本選手権ジュニアの部優勝
一般シングルスベスト16
全国中学卓球大会シングルス優勝
世界ジュニア選手権ダブルス優勝(岸川聖也ペア)
2005年全日本選手権ジュニアの部準優勝
一般シングルスベスト32
世界選手権上海大会シングルスベスト32
世界ジュニア選手権シングルス準優勝
団体優勝
2006年全日本選手権ジュニアの部優勝
一般シングルスベスト8
2007年全日本選手権一般シングルス優勝
ジュニアの部優勝
ダブルス優勝(岸川聖也ペア)
世界選手権サグレブ大会シングルスベスト32
ダブルス8(岸川聖也ペア)
2008年全日本選手権一般シングルス優勝
ダブルス優勝(岸川聖也ペア)
世界選手権広州大会団体3位
北京オリンピックシングルスベスト32
団体5位
2009年全日本選手権一般シングルス優勝
ダブルス優勝(岸川聖也ペア)
世界選手権横浜大会シングルスベスト16
ダブルス3位(岸川聖也ペア)
チャイナオープンダブルス優勝(岸川聖也ペア)
ジャパンオープンダブルス優勝(岸川聖也ペア)
韓国オープンシングルス優勝
2010年全日本選手権一般シングルス優勝
ダブルス優勝(岸川聖也ペア)
ジャパントップ12シングルス優勝
世界選手権モスクワ大会団体3位
ハンガリーオープンシングルス優勝
グランドファイナル男子シングルス優勝
2011年全日本選手権一般シングルス優勝
ダブルス準優勝(岸川聖也ペア)
ジャパントップ12シングルス優勝
日本卓球リーグ・ビッグトーナメントシングルス優勝
世界選手権ロッテルダム大会シングルスベスト8
ダブルスベスト16(岸川聖也ペア)
2012年全日本選手権一般シングルス準優勝
ダブルス優勝(岸川聖也ペア)
クウェートオープンシングルス優勝
世界選手権ドルトムント大会団体3位
ジャパンオープンシングルス優勝
ロンドンオリンピックシングルスベスト16
団体5位
2013年全日本選手権一般シングルス準優勝
ビッグトーナメントシングルス優勝
世界選手権パリ大会ダブルス3位(岸川聖也ペア)
2014年全日本選手権一般シングルス優勝
男子ダブルス準優勝(岸川聖也ペア)
ジャパントップ12シングルス優勝
世界選手権東京大会団体3位
グランドファイナルシングルス優勝
2015年全日本選手権一般シングルス優勝
男子ダブルス準優勝(岸川聖也ペア)
世界選手権蘇州大会シングルスベスト8
オーストリアオープンシングルス優勝
2016年全日本選手権一般シングルス優勝
男子ダブルス優勝(吉田雅己ペア)
世界選手権クアラルンプール大会団体準優勝
リオデジャネイロオリンピック男子シングルス3位
団体準優勝
2017年全日本選手権一般シングルス優勝
ダブルス3位(吉田雅己ペア)
2018年全日本選手権一般シングルス準優勝
ダブルス優勝(大島祐哉ペア)
ジャパントップ12シングルス優勝
カタールオープンダブルス準優勝(大島祐哉ペア)
2019年全日本選手権一般シングルス優勝
ダブルス3位(大島祐哉ペア)
ブルガリアオープン混合ダブルス優勝(伊藤美誠ペア)
グランドファイナル混合ダブルス準優勝(伊藤美誠ペア)
2020年ドイツオープン混合ダブルス準優勝(伊藤美誠ペア)
カタールオープン混合ダブルス優勝(伊藤美誠ペア)

使用用具

水谷隼 プレーの特徴

参照:https://www.ittf.com

あ、天才的、と思うプレーを見せる水谷隼選手。そんな水谷隼選手のプレーの中でも特に光っている特徴を紹介していきます。

  • 勝つためにひたすら磨いた技術!世界トップレベルのサーブ
  • 全日本選手権13年連続決勝進出の要因はこれだ!フィッシュ&ブロックの凌ぎ技術
  • 水谷隼の代名詞、フォアドライブ!どこからでも打てるのが魅力
  • ここだけの話、皆んなが気づかない凄い技術!天才的なタッチが繰り出すストップ技術

勝つためにひたすら磨いた技術!世界トップレベルのサーブ

実は、水谷隼選手相当なサーブの名手です。そのサーブは世界のトップ選手も認める程です。

水谷隼選手がここまでサーブの名手になったのは理由があります。水谷隼選手は中学生にしてドイツへ留学していましたが、そこでは実力から一人余ってしまう事も少なくなかったようです。

その中でひたすらサーブを練習し磨いていたそうです。サーブは彼が下克上で勝つために試行錯誤して身につけた技術なのです。

今までは、強い回転量でレシーブミスを誘うサーブでしたが、チキータなど攻撃的な技術ができた事でコントロール重視で相手の逆を突くサーブに変わってきました。

すごい事ですが、このように時代に合わせて有効的なサーブを使い分ける事ができるのも水谷隼選手がサーブの名手と称される所以です。

全日本選手権13年連続決勝進出の要因はこれだ!フィッシュ&ブロックの凌ぎ技術

日本選手の多くが一度は、水谷隼選手のプレーに憧れた事があるでしょう。その憧れるプレーの一つこそがフィッシュ(台から距離をとって返球する凌ぎの技術)とブロックです

水谷隼選手は通常なら打ち抜かれてしまうような球でも後ろからフィッシュで粘り、隙を見つけるとすかさず逆襲攻撃に転じます。台から離れて打ち合う攻撃はこれぞ男子卓球という感じでとても魅力的です。

ここだけの話、水谷隼選手のフィッシュやブロックには秘密があります。水谷隼選手のフィッシュやブロックはあえて回転をかけないナックル性の球が混ぜられておりその球で相手はミスをします。相手の強打をナックルで返すのはとても繊細なタッチが必要で天才的な感覚を持つ水谷隼選手だからこそなせる技です。

水谷隼の代名詞、フォアドライブ!どこからでも打てるのが魅力

フィッシュと同様に水谷隼選手が打つフォアドライブも日本の卓球ファンは一度は憧れた事のある技術だと思います。

水谷隼選手のフォアドライブの魅力はどの場所、例え台からすごく距離のある所からでもミスなく打てる事です。特に台から下がった時のラリーには強く、体格の良いヨーロッパ選手に打ち合って勝つスタイルはあっぱれと言う他ありません。

一言だけ付け加えると、自身より体格の良い選手に打ち勝つ水谷隼選手のフォアドライブはパワーだけではありません。コースを狙う事に加えシュートやカーブなど少し球を曲げながら打球しています。そうする事で、相手を揺さぶりラリーに打ち勝つ事ができるのです。

ここだけの話、皆んなが気づかない凄い技術!天才的なタッチが繰り出すストップ技術

ここだけの話ですが、卓球経験をある程度重ねた者が見た時に水谷隼選手の一番天才的な部分はどこかと言うと、ストップ(台の手前に浅く返球する技術)です

強く打つ技術に目が行きがちですが、このように繊細な技術の方がフィーリングが必要であり、水谷隼選手はとても長けています。ストップできると相手は自身から攻める事ができなくなるので優位に立つ事ができるのです。

他では話しませんが、水谷隼選手のストップの凄い点の一つは球に当たった瞬間に思っていた回転とのズレを判断し角度を瞬時に変えられる点です。これができる選手は水谷隼選手だけです。

また、同じ質のストップだけではなく、わざと少し浮かせて相手を崩したり、ストップの中でも回転量を変えたりなど七色の球種があります。相手はサーブを持っていても常に何をされるか分からない心理状態になってしまうのです。

まとめ:水谷隼

いかがでしたでしょうか。最後に水谷隼選手についておさらいしていきましょう。水谷隼選手とはこんな人物です。

  • 男子卓球の歴史を塗り替えた!リオ五輪メダリスト
  • 中学生でドイツ留学!卓球で勝つために全てを捧げた男
  • 前人未到!全日本選手権13年連続で決勝進出!

そんな水谷隼選手の卓球プレーの特徴はこちらです。

  • 世界No.1との呼び声も高い快速バックハンド
  • 短所が長所に!一撃必殺のフルスイングフォアドライブ
  • 負けない理由はこれ!超安定のブロック力
  • 世界で勝つため努力で身につけたストップ

最後に一言だけ付け加えますと、水谷隼選手は東京五輪にも団体、伊藤美誠選手との混合ダブルスで代表内定しており、東京五輪を最後に引退すると公言しています。

日本を背負ってきた水谷隼選手は、団体戦には滅法強く最後の五輪で必ず期待を超える活躍をしてくれる事でしょう。五輪での活躍に期待です。

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